大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)11523号 判決 1991年7月16日
原告
守屋圭三
被告
ソニー・コンスーマー・マーケッティング株式会社
(関西中央ソニー販売株式会社を平成三年四月一日合併により承継)
右代表者取締役
高木英也
右訴訟代理人弁護士
藤原光一
同
正木隆造
同
守口建治
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金四二万九八二七円及びこれに対する昭和六三年一〇月三一日から本裁判確定までの期間に対する年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
第二事案の概要及び争点
一 事案の概要(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない)
本件は、原告が労働基準監督署に申告したことを理由に、勤務先の会社から昇給及び賞与の査定につき不利益に取扱われたとして、平均昇給額及び賞与額との差額を不法行為に基づく損害賠償として請求した事件である。
1(1) 関西中央ソニー販売株式会社(以下、旧会社という)は、昭和六一年九月一〇日設立登記され、訴外ソニー株式会社等の製造する電気製品を小売店に供給する卸売を業とし、大阪、奈良及び和歌山県下に一二の営業所を置き、従業員約一八〇名を有する資本金四〇〇〇万円の株式会社であったが、平成三年四月一日、被告に合併された。
(2) 原告は、昭和四七年三月に大阪中央ソニー販売株式会社(その後、関西ソニー販売株式会社に商号変更)に入社し、旧会社設立後同六一年一〇月二一日同社に転籍し(旧会社の設立は、事実上は関西ソニー販売株式会社の一部門の分割であり、原告は、右分割に伴い旧会社との間で雇用契約上の地位を取得した。(証拠略))、合併前は旧会社の中央営業所に所属し、家電製品の販売業務に従事していた者である。
2 原告は、昭和六一年二月、関西ソニー販売株式会社に対し時間外勤務に関する手当を請求したが、同社がこれを拒否したため、同年四月九日、大阪西労働基準監督署に対し、Ⅰ 就業規則届け出手続の不備、Ⅱ 三六協定の不締結、Ⅲ 時間外勤務手当の支払拒否につき現状調査を依頼した((書証略)、以下、これを本件申告という)。同署監督官は、これに基づき同月二二日同社を訪れ、就業規則、時間外労働についての調査、説明を求め、同年五月二三日、同社に対し、是正勧告をした。
3(1) 昭和六二年四月期、同六三年四月期における原告の昇給率と旧会社全従業員の平均昇給率及び原告が本件で損害額として主張している差額は左記のとおりである(なお、昭和六三年四月の原告の昇給率は(書証略)により認定した)。
記
原告
従業員平均
差額
昭和六二年四月
二・五三㌫
三・五〇㌫
二万五九四四円
同六三年四月
三・二五六㌫
四・六一㌫
四万〇六六三円
(2) 昭和六一年六月以降の各賞与における原告に対する支給率と会社全従業員に対する平均支給率(ただし、昭和六一年六月の支給については関西ソニー販売株式会社が支給したものである)及び原告が本件で損害として主張している差額は左記のとおりである。
記
原告
従業員平均
差額
昭和六一年六月
三・一八か月
三・三八か月
四万〇八二〇円
同年一二月
二・八六か月
三・二一か月
七万四二二四円
同六二年六月
二・九八か月
三・三三か月
七万四二二五円
同年一二月
三・〇八か月
三・四八か月
八万六九七五円
同六三年六月
三・〇四か月
三・四四か月
八万六九七六円
二 争点
1 旧会社(一部は関西ソニー販売株式会社)が昭和六一年六月以降原告に対して行った給与の昇給率及び賞与の支給率の査定が、原告が本件申告を行ったことに対する不利益取扱として不法行為となるか。
2 1が認められるとして、会社の平均昇給率及び平均支給率と原告のそれとの差額が右不法行為により原告が蒙った損害といえるか。
3 2が認められるとして、原告は、右損害の全額を被告(旧会社)に請求できるか。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1(1) 昭和五九年以後において会社(昭和六一年一〇月二〇日までは関西ソニー販売株式会社、それ以後は旧会社)の平均昇給率及び賞与支給率を一〇〇として原告の昇給率及び賞与の支給率を数値で表し、併せて各時期に対応する原告の人事査定(昇給率については、A、Aダッシュ、B、Bダッシュ、C、Dの六段階評価であり、賞与支給率については一応AからEまでの五段階評価である)を示すと以下のとおりである(証拠略)。
<1> 昇給率(昇給期は毎年四月であり、査定対象期間は前年三月二一日から当年三月二〇日までである。なお、実際の査定は毎年五月になされ、四月に遡って実施される)
昇給期
指数
人事査定ランク
昭和五九年四月
九二・三二
C
六〇年四月
七七・六八
C
六一年四月
七八
Bダッシュ
六二年四月
七二・二九
C
六三年四月
七〇・六三
C
<2> 賞与支給率(支給期は毎年夏期が六月冬期が一二月であり、六月支給の査定対象期間は前年一〇月二一日から当年四月二〇日まで、一二月支給のそれは当年四月二一日から一〇月二〇日までである)
支給期
指数
(括弧内は所属営業所の平均を一〇〇とした指数)
人事査定ランク
昭和五九年夏
一〇一・〇七(九二・六三)
D
五九年冬
一〇三・四四(九六・七八~これについては、
中央営業所と浪速営業所の平均を一〇〇とした)
Cダッシュ
六〇年夏
九六・五四(九二・八七)
D
六〇年冬
一〇二・四六(九六・一五)
Cダッシュ
六一年夏
九四・〇八(九一・三七)
D
六一年冬
八九・一〇
Dダッシュ
六二年夏
八九・四九
Dダッシュ
六二年冬
八八・五一
Dダッシュ
六三年夏
八八・三七
Dダッシュ
(2) 右事実によれば、確かに、原告の本件申告に基づき労働基準監督署の監督官の調査が行われた昭和六一年四月二二日以後は、それ以前に比べて昇給率及び支給率の指数が低下していることが認められる。
2 そこで、右指数の低下と本件申告との間に相当因果関係が認められるか否かにつき判断する。
(1) まず、昇給率について見るに、指数は別として、人事査定ランクそれ自体は本件申告の前後を通じて同一であることが認められる。右ランク自体が同一であるのに指数に差が生じた原因については、昭和六一年四月の昇給期以後、関西ソニー販売株式会社及び旧会社において昇給率の算定方法(具体的には個人の査定が昇給率に与える影響)に変更が生じ、右各会社において施行されている職能格制度(職位とは異なる試験による昇給制度)で昇進した従業員に有利な算定方法が導入した結果であることが認められる(証拠略)。なお、原告は、(書証略)(報告書)において、右昇給率の算定方法の変更は原告の昇給率を低下させる目的で導入された旨を述べるが、これを認めるに足りる証拠はない。
さらに、関西ソニー販売株式会社が本件申告を知った後に行われたと認められる昭和六一年四月期の人事査定ランクが昭和五九年以降では最も上位のBダッシュと評価されていることをも併せ考えると、昇給率の査定において、原告が本件申告を行ったことを理由に不利益に取り扱われたとは認められない。
(2) 次に、賞与の支給率について見るに、これについては、昭和六一年冬を境に指数及び査定ランクのいずれもが低下していることが認められる。
しかし、原告は、昭和六一年四月二一日以降において、関西ソニー販売株式会社を被告とする時間外割増賃金請求事件を提起していること(当庁昭和六一年ワ第七一六二号事件~平成二年九月二八日上告棄却判決により原告の敗訴が確定)、右訴訟提起以降は、残業拒否をつづけていること、平成元年には旧会社を被告として業務内容変更命令の効力を争う仮処分事件を提起(当庁平成元年ヨ第二九一二号地位確認保全仮処分申請事件~同年一二月二七日却下決定)していること、さらに、昭和六〇年以降は前記職能格に関する社内試験を受験することを、右試験に合格すると管理職に登用され残業拒否ができなくなることを理由に、旧会社において唯一人拒否していることが認められ(証拠略)、旧会社が支給率の決定において右各事実を原告に不利に評価したであろうことは想像に難くないこと(なお、右各事実を不利に評価することの当否は本件における争点ではない)、さらに賞与支給率の決定に際し基礎資料となっている「業績評定書」においても、右評定書に掲げられている仕事内容、態度、成果の各項目において芳しくない評価を受けていることが認められ(書証略)、右評価が事実と著しく相違すると認めるに足りる証拠もないことを併せ考えると、昭和六一年冬期からの原告に対する賞与支給率の低下が本件申告を原因とする不利益取扱の結果であるとまでは認めるに足りない。
二 以上によると、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
第四結論
よって、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴本法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野々上友之)